脱炭素化という潮流の中、金属事業に再挑戦
地球温暖化を抑制するためのカーボンニュートラル(脱炭素化=温室効果ガスの排出を抑止し、排出量を実質ゼロにすること)は、今や世界共通の社会課題となっている。高度経済成長期に生まれた大量生産・大量消費社会はいよいよ終焉を迎え、環境に優しい製法、廃棄物の活用が重要視される持続可能な社会へ。大きなパラダイムシフトが起こる中、蝶理としてもカーボンフットプリント(原材料調達から廃棄、リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算し、それを商品やサービスに分かりやすく表示すること)の取り組みを強化中だ。(TCFD提言に基づく開示 | 蝶理株式会社)
ディスプレイ原料からスタートした無機ファイン部は、電池や触媒、電子材料等の高付加価値品だけではなく、肥料や合金といった汎用品を含め、幅広く事業を展開している。金属とはかけ離れているように感じるかもしれないが、無機化学品の主な原料は鉱物である。そして、金属も元をたどれば同じ鉱物だ。蝶理は何を扱ってもよいという社風がある。様々な種類の鉱物があり、用途も化学品とは全く異なるが、サステナブルな社会で新たな価値提案を行いたい、そうS.Hは考え、金属事業に再挑戦することとなった。
現在の蝶理の事業は繊維・化学品・機械の3つで成り立っている。以前は金属を専門に取り扱う部署が存在していたが、約20年前の事業再編の際に独立し、資本関係のない別会社となった。プロジェクトリーダーのS.Hは、今回のプロジェクトを通して金属を4本目の事業の柱にし、商社として世界中の点と点を結ぶことで、金属商材の安定供給を実現していきたいと思っている。
主な販売先は国内の鉄鋼メーカーだ。合金鉄(鉄と他元素が混ざった金属)や純金属、それらの加工品の安定供給が可能になれば、日本の製造業の発展に大きく貢献できる。ウクライナ危機をきっかけに西側諸国とロシア寄りの国で世界が分断される中、サプライチェーンの構築および再編が喫緊の課題だった。
ノウハウのないプロジェクトを、いかに軌道に乗せるか
20代で海外に行けることがS.Hの蝶理を選んだ理由だ。入社後、化学品の営業担当としてキャリアをスタートし、2012年に蝶理インドネシアでトレーニーを経験。20代で海外に行く目標を早々に達成した。さらには2014年にはマニラ事務所に駐在する等、海外経験は豊富であるといえる。特にフィリピンでは日本人スタッフが自分一人だけであったため、言語や文化、商習慣の違いに戸惑いながらも、自ら考え行動し、どんな状況でも結果を出す力が身に付いた、と述懐する。そして、2020年4月から無機ファイン部第1課課長を務めている。
約13年のプレイヤー期間を経て、現在はマネジメント業務が中心だ。課員が担当する案件の進捗管理、相談事項に対する意思決定、職場環境の整備等、これまでとは全く違う頭の使い方が求められる。正直なところ、自分で営業数字を作る方が簡単だが、課員の実績、課員の成長を最優先に考えなければならない。指導の一環でアドラー心理学を用いることもあった(仕事に当事者意識が持てる、意見が対立する相手も尊重できる、といった効果が期待できた)。
金属事業化プロジェクトは始まったばかりで、今はとにかく可能性を広げている段階だ。金属事業の実績はあるものの、社内にノウハウはほとんど残っていない。顧客が求める商材、その品質がどんなものなのかも皆目見当がつかない。実質的には後発企業のため、まずは隙間(先発企業と顧客ニーズのギャップ)を見つける必要があった。小さくても隙間が見つかったら、そこから横軸展開で商材と顧客を広げていくことが可能だ。ときにはリーダーでありながらも自ら動き、ときには課員に役割を与えチームで動く。金属のトレーディングが主軸であるものの、投融資案件も複数抱えており、海外での鉱山開発や工場の立ち上げに対する資金面、マーケティング面でのサポートも行っている。
課題は山積している。そして、明確に達成できたと誇れる実績を作るには、時間がかかる。サプライヤーともお客様ともコミュニケーションを密にし、そこで得た情報をメンバー間で共有しながら、商機をつかむための戦略を模索しているところだ。
フットワークの軽さを強みに、プロジェクトは現在進行形
株式と同じように金属にも相場がある。1877年に設立されたイギリスのロンドン金属取引所には、銅や鉛、亜鉛、ニッケル、スズ、アルミニウム等が取引されているが、その取引価格が非鉄金属相場の世界的な指標となっている。価格相場は毎日、さらに言えば毎秒変化しているので、常に動向を注視しておかなければならない。もちろん、コロナ禍やウクライナ危機といった社会情勢によっても相場は大きく変動する。どのタイミングの指標で取引価格を設定するかは顧客ごとに異なり、状況把握に苦労することは多い。
金属事業後発企業の蝶理の競争優位性として、化学品事業の中で金属を取り扱っている点が挙げられる。金属の専門商社、あるいは総合商社の金属部門のように専門性がまだそこまで高くない分、化学品の知見を基に、柔軟に新しい発想を生む可能性は十分にあった。また、フットワークの軽さは蝶理の真骨頂である。大手の先発企業が敬遠しがちな小口の取引や鉱物のニッチな加工方法を踏まえたビジネスも得意分野になり得た。
ただ、海外での鉱山開発や工場の立ち上げには、どうしても時間を要する。半年先、一年先に成果が出るものではない。将来的な貿易を見据え、日本をはじめとしたアジア地域で販売代理権を獲得できるよう、着々と準備を進めているところだ。世界中の点と点を結ぶのが商社の存在価値だと、S.Hは考えている。新たなサプライチェーンも開拓し、国内外の顧客に対する商材の安定供給を目指す。
S.Hが大切にしている「セレンディピティ」という言葉がある。素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。商社パーソンの仕事は、まさしくそれだ。もちろん、やみくもに頑張っても意味はないが、地味で地道で泥臭い行動の先にセレンディピティは訪れる。可能性は最大限にしたい。まずは動き回ろう。たくさん機会をつくろう。それがプロジェクトチームの基本方針になっている。