自動車産業の大変革期に求められる、新たな価値提供
現在、自動車業界は「100年に一度の大変革期」にあり、CASE(※1)やMaaS(※2)、カーボンニュートラルといった業界の構造変化が急激な速さで進んでいる。
※1 CASE:「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリングとサービス)」「Electric(電動化)」の頭文字をつなげたもの
※2 MaaS:「Mobility as a Service」の略称で、従来の交通サービスに自動運転やAIなどのテクノロジーを掛け合わせた次世代の交通サービス
自動車業界はピラミッド構造の分業制だ。自動車メーカーに直接部品を納品するメーカーがTier1(一次請け)で、Tier1に納品するメーカーがTier2(二次請け)、Tier2に納品するメーカーがTier3(三次請け)と続く。もともと車輛資材部は45年程続く社内でも非常に長い歴史を持つ部隊であり、国内のTier2を対象にOEM生産(受託生産)・販売事業を展開していた。しかしこの大変革期の中、現行のビジネスモデルの延長ではさらなる顧客満足度向上は見込めないと判断。顧客が求めるのはトータルコーディネートであり且つ、柔軟で包括的な提案力。蝶理ではそのニーズに応えるため、社内体制が縦割りだった事業運営に横軸を通し、最大限に強みを活かしながら新たな価値創造を行うAIP(Automotive Interior Project=車内インテリアプロジェクト)を発足するに至った。
具体的には、車輛資材向け原料・カーシート用表皮を取り扱う車輛資材部と衛材・生活資材・建材・自動車部材を取り扱う資材部の2部署、関連会社からメンバーが集まり、それぞれのリソースを有機的に組み合わせながら、既存顧客はもちろん、産業の変化に伴う新規顧客に対しても価値提案を実施しマーケットを拡大していく。そしてTier2に留まらず、Tier1や自動車メーカーにまでターゲットを広げ、新たなお客様への価値提案を試みた。
ある意味で、これまでメーカーがやっていた事業を、商社という立場の蝶理が肩代わりすることになる。当然、商品構成も自分たちで考案しなければならない。プロジェクトが立ち上がったのはいいが、どんなビジネスモデルを設計すべきなのか、それを適えるための知見やノウハウが圧倒的に不足していた。
0→1の商売の産みの難しさこそが商社の仕事の醍醐味
プロジェクトにはいくつかのテーマが存在し、それらを統括するのがリーダーであるY.Yの役割だ。2030年を見据えた新たな収益基盤を構築することを主な目的とし、プロジェクト推進を行う。メンバーが受け持つテーマの進捗も管理しつつ、プロジェクト全体の人的資本投資についても判断し、各テーマを実行に移していく。
重点テーマとして、「モノマテリアル」や「サステナビリティ」等が挙げられる。前者のモノマテリアルは「単一素材」を意味し、例えばカーシートの表地と裏地の素材の種類が同じであれば、リサイクルが容易になる。これは表地の車輛資材部と裏地の資材部が連携する蝶理だからこそ実現できることだ。
また、後者について蝶理では、糸・生地・製品という繊維産業の川上から川下に至る各段階においてサステナビリティに対応した取り組みを行い、それらを柔軟に掛け合わせることでサプライチェーン全体のサステナビリティ最適化を目指している。回収したペットボトルを使用したリサイクルポリエステル糸については、昨今多くの企業で導入されているが、製造工程で発生する繊維屑を自動車関連資材に再利用しているのは、同社独自のアプローチと言えるだろう。
上記のような重点テーマ、収益化まで進捗したテーマもあれば新たに創出されたテーマもあるが、それらを月2回のプロジェクト会議で議論する。テーマによってお客様の声が違うことや、サステナビリティを意識したいが、コストはかけたくないなどの相対するニーズに対して、解決の糸口すら見つからないテーマに直面。0→1の産みの難しさを感じつつも、Y.Yはプロジェクトメンバーのモチベーションの高さを維持することに注力した。
AIPの業務範囲は、商材の企画から材料調達、最適製造、ブランディングを伴う販促方法の立案、新規顧客への提案まで、従来のOEM生産に比べ格段に広くなる。そして、重点テーマを数名のメンバーで協力して行う際には、その進捗管理や事業化に向けたリスク管理等、新たな商材の知識と事業運営の知識の両方を身に付ける必要があった。DX(デジタルトランスフォーメーション)もうまく活用しつつ効率よく情報共有を行い、プロジェクトを推進していくことを心掛けた。
自動車業界と繊維業界の未来のために、部署の垣根を越えた挑戦
残念ながら、世界的に見れば日本は環境後進国だ。自動車業界の変革を繊維から支えるためにも内装材関連のエコ化は必須で、そういった意味でもAIPが果たすべき役割は大きい。まずは前述の「モノマテリアル」や「サステナビリティ」といった重点テーマを通し、サーキュラーエコノミー(循環経済)※の実現を目指す。
※サーキュラーエコノミーとは、Reduce(リデュース)・Reuse(リユース)・Recycle(リサイクル)という3Rの取り組みに加え、資源投入量や消費量を抑えつつもストックを有効活用しながら、サービス化等により付加価値を生み出す経済活動のことである。
本来、サステナブルとコストパフォーマンスはトレードオフの関係にある。サステナブルな商材をたくさん使えば使うほど、当然コストは上がる。蝶理の介在価値はここにあるとY.Yは考えた。例えば仮に表地でコストが上がったとしても、裏地でコストを下げる等、蝶理として提示できる解決策は必ずあると思う。そうでなければ、わざわざ部署の垣根を越えて連携し、時間と手間をかけてプロジェクトを進める意味がない。責任感とプロジェクトへの情熱がY.Yを熱くする。
蝶理がTier1、さらに自動車メーカーまでターゲットを拡大する中で、既に取引をしていたTier2からみればこの行動は気持ちのいいものではない。簡単に言えば、蝶理がTier2の立場をとってしまうことになるからだ。ハレーションが発生することはきっと避けて通れないだろう。しかし、『目の前の一つの取引だけではなく、自動車業界と繊維業界の未来のためにどうすべきなのか』Y.Yは自動車業界の変革を繊維から支えるため、俯瞰的な視点をもって対峙していきたいと語る。
時にはトレーディングをし、時にはモノづくりの一端を担い、時には事業投資を行う。商社パーソンの仕事はいつの時代においても、自分で理想を描き、誰かを巻き込み、世の中に新たな価値を提供し、収益を生み出していくスタイルが基本だと、Y.Yは考えている。だからこそ、自由度が高く、大きな裁量権が与えられ、生き生きとした働き方ができる、とも言い換えられる。
まずは、AIPのいくつかの重点テーマを上市させることが当面の目標だ。そしてその先には、生糸問屋として創業してから160年以上にわたって、蝶理の中核事業となっている繊維事業のさらなる領域拡大を見据えている。蝶理だからこそできるビジネスとは何か。蝶理だからこそ挑める可能性とは何か。Y.Yは今日も妥協することなく、自動車業界と繊維業界の未来のために挑戦をし続ける。